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| 所在地 伏見区 |
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| 選定番号 第2−064号 |
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| 推薦理由(抜粋) 水害に備え段蔵を構える外観である。明治5年建築の主屋の他、土蔵や菜種油業の生産空間が伝わる。台所には大きな「おくどさん」が残る。 認定番号
第263号 認定理由 京都市伏見区の久我地域に所在する。鴨川、桂川が合流する地点の右岸に位置する。同地域は水利が豊かな一方で、水害も多発したため、石積の上に蔵を築く段蔵や、水害時に備えて小舟を軒先に吊るす習慣が見られる。布施家は江戸後期に、菜種油業のための適地を求めて乙訓郡鶏冠井村からこの地に移転してきたと伝わる。広い農地を所有し、原材料の菜種は米との二毛作により収穫された。菜種油は燈明油としての需要が多く、京都市内の寺院に納められたという。加えて、菜種の種を取った後の菜の花を利用して、「久我菜漬け」の製造販売も行なったとされ、現在では当地の特産品となっている。昭和に入ると石油が普及し、精油は昭和13年(1938)頃に廃業した。 通りに面して石垣を積み、長屋門と段蔵形式の土蔵が建つ。長屋門をくぐると主屋があり、敷地の奥には3つの土蔵を建てる。主屋は木造桟瓦葺、2階建で、東側に土間を配し、2列に5室を設ける。棟札から明治5年(1872)の建築と判明する。ハシリ土間には、5口のカマド(クド)が残る。下手の表側室は式台の間で、その上手が8畳座敷となる。両室の境には近江八景の彫刻欄間を嵌める。座敷は絞丸太の床柱とする床と、違い棚を備える。土間の下手側に菜種油の製造の空間が残る。かつては種を蒸した後、臼で絞る作業が行われた。菜種油は玄関土間に甕を埋めて保存した。その南側には明治6年(1873)建築の段蔵が接し、菜種を貯蔵する種蔵として用いられた。長屋門は明治期の建築と考えられ、西側部分は大正後期頃に居室として改修された。主屋との間に庭をつくり、座敷からの眺めを意識してクロマツや燈籠を配する。主屋の背面には奥庭を配し、敷地奥に衣装蔵と米蔵が建つ。 布施家は久我地区に残る明治初期の農家建築で、同地域特有の水害に備えた石積みが見られる。生業であった菜種油の生産空間を始め、明治期に整えられた規模の大きな屋敷構えを良く伝えており、高く評価される。 | |
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