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| 所在地 南区 |
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| 選定番号 第4−014号 |
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| 推薦理由(抜粋) 通りに面して、薬医門と塀を構えた、明治17年(1884)上棟の主屋が残る農家住宅である。大戸を開けると広い玄関土間、玄関の間には衝立ての調度品が季節に合わせて設えられ、訪れた者を迎える。 認定番号
第257号 認定理由 田中家は東九条に所在する。同地域は京都近郊の農村として、近世から明治中頃までは米作の他、九条ネギ、藍などの商品作物を生産していた。戦後、宅地化が進む以前には、農地が広がる中に農家が点在する景観であった。その中でも田中家は地主層に属し、規模の大きい屋敷を有している。札ノ辻通りの南面に面し、板塀をまわして門を開く。西側隅には土蔵が建ち、塀が接続する。門からやや奥まって主屋が建つ。 主屋は木造2階建、桟瓦葺で、間口約7間の規模を有する。棟札が残り、田中甚左衛門を施主として明治17年(1884)に上棟したことが分かる。当初、主屋は西側に正面を向けていたが、昭和11年(1936)、札ノ辻通の拡幅で敷地が削られた際に、曳家を行い正面も北側に向けることになった。元々、幅2間半の広い土間の上手に、食い違いに2列6室を配置する平面であったが、現在では土間部分には床が張られて居室となっている。玄関脇には洋室がつくられているが、曳家に際して改修されたものと考えられる。洋室には泰山タイルを張ったマントルピースが設けられる。田中家は泰山製陶の工場用地として土地を貸していたため、そのお礼として泰山タイルを用いたマントルピースを寄贈されたと伝わる。上手奥には10畳の座敷が配される。違い棚と床を備え、床柱にタガヤサンが用いられる。曳家を行った先々代当主・田中憲雄は、煎茶を好み同座敷でしばしば煎茶の会を開いたと伝わる。南側には奥庭が配され、座敷から飛び石が降り蹲踞へと続く。唐木の床柱や降り蹲踞からは煎茶趣味が感じられ、曳家時の改修を受けたものと考えられる。通りに面した門は、曳家に際して東本願寺の境内から移築したと伝わっている。また、土蔵は棟札から昭和12年(1937)の上棟と判明する。 田中家では、明治前半に建てられた大型の農家建築が、昭和11年に曳家され、洋室の設置、庭の造営などの改修がなされた。建物や庭の変遷には同地域の歴史も反映されており、歴史の重層性を有する重要な空間である。 景観重要建造物,歴史的風致形成建造物 |
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