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日本基督教団 京北教会(にほんきりすときょうだん きょうほくきょうかい)
[The United Church of Christ in Japan Kyohoku Church]

所在地
 左京区
 
選定番号
 第13−005号
  


推薦理由(抜粋)
 明治時代に西洋画の私塾として画家浅井忠により設立された関西美術院。明治39年(1906)建築で、設計は武田五一。アトリエの採光として理想的な北側に大きな窓を持ち、屋根は片流れの銅板葺き。現在も常時20余名が洋画の研鑽に励んでいる。



認定番号
 第253号

認定理由
 日本メソジスト教団は明治31年(1898)、神戸部京都巡回区として京都講義所を設けた。同34年にその出張伝道所として、烏丸五条に烏丸講義所を開いたのが、京北教会の出発点に当たる。町家を借家とした講義所は近辺を転々とし、大正7年(1918)、正式に京南教会と改称する。同10年、堺町通松原下ルに土地を購入して教会堂、牧師館を建築した。同教会の立地は、東西両本願寺をはじめ寺院とその門前が地域の大半を占めており、伝道が難航したという。このため、区画整理事業が進む新興住宅地であった現在の下鴨神殿町への移転が計画された。この移転に尽力したのが信徒の松浦勇太郎である。松浦は京都府営繕課勤務を経て大正元年(1912)、神戸に松浦工務店を設立した。W.M.ヴォーリズの作品を数件施工していることが確認でき、彼の薫陶を受けたと伝わる。昭和16年(1941)、松浦の設計、弟・松浦栄吉が経営する新井工務所の施工により、教会堂が竣工した。戦時下で資材の調達も困難なため、可能なものは旧南教会会堂の部材を転用した。移転に際して、京北教会と改称している。また、同年、戦時下でのプロテスタント合同により、日本キリスト教団に属することになった。
 建物は木造で、セメント系の人工スレート葺である。東西方向に棟を配置し、東側に内陣、西側に入口を設ける。アーチ状の入口を開け、南脇に鐘楼を構える。北側には5連アーチの窓を開けるロマネスク風の外観である。玄関ホールから正面に進むと会衆席となり、天井をチューダーアーチ風のヴォールト天井とする。講壇部分はアカンサスの柱頭飾りを施した2本の角柱でアーチを支え、背後にゴシック風文様のパネルを張る。会衆席の南側には集会室と事務室を配し、引違いの板戸を嵌める。玄関ホールの南側には、応接室や、2階室・鐘楼への階段部を設ける。
 日本キリスト教団京北教会は、昭和初期に区画整理事業で開発された郊外住宅地の歴史の一端を伝えるプロテスタント教会で、ヴォーリズの影響を受けた設計者による教会建築としても重要である。


ホームページリンク:
 日本基督教団 京北教会のホームページはこちら(外部リンク)


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