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| 所在地 下京区 |
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| 選定番号 第11-036号 |
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| 推薦理由(抜粋) 鴨川沿い松原上ルの「鮒鶴」から分家し、昭和7年に建てられた総檜造、3階建の料理旅館。3階の舞台付き200帖敷き大広間からは鴨川の清流や東山が見渡せる。伝統を守り続ける老舗ならではの格式高いもてなしの場である。 認定番号
第255号 認定理由 江戸時代に伏見に居を構えていた田中家は伏見屋を名乗り、4代・庄兵衛は野菜問屋などを営んでいたという。その次男・田中鶴三郎は、川魚屋・鮒鶴を創業する。鶴三郎の長男・藤太郎が鮒鶴を継ぎ、次男・清次郎は大正13年(1924)、現在地より南寄りの五条大橋西詰木屋町下るの地に鶴清を創業した。一方、現在の鶴清の敷地には、明治後半、五條 倶楽部という会館があり、後に「弁慶」の名で旅館として経営されていた。田中清次郎の長男・豊治郎がこれを購入し、料理旅館「弁慶楼」と して開業したが、昭和7年(1932)に同建物は焼失する。その後、清次郎の構想に基づき、同年中に竣工した料理旅館が現在の鶴清の建物である。山本米一の設計、山米工務店の施工によるものと判明している。 建物は、木造3階、地下1階建、入母屋造、桟瓦葺で、小屋組には鉄骨トラスを用いている。南北方向に棟を配置し、北側部分と南寄り部分を木屋町通側に突き出して、破風を見せる。この二つの突出部分の間に唐破風を備えた玄関を設ける。鴨川からは棟の中央部分に千鳥破風を見せる外観である。1階は中央部分にホールを設け、鴨川に面して8畳前後の比較的小ぶりな和室を配する。当初の喫茶室は失われたが、当時のステングラスが残されている。2階は南北方向に廊下を配し、鴨川沿いに広間を並べる。北側の広間は最も広く49畳半敷の規模である。3階には148畳半敷の大広間があり、鴨川沿いに縁廊下、木屋町側に廊下を配する。大広間は格天井で、南側に舞台をつくり背面には松を描い杉戸絵4枚を嵌めている。北面には約3.6メートル幅の床、約2.6メートル幅の違い棚を設ける。床柱に出節銘木丸太を用い、大広間に相応しい豪壮な床まわりとなっている。この部屋は戦後、鴨居や長押を外して、GHQ向けのダンスホールとして使用された。また、地階には男女浴室、集会所などを配する。 鶴清は、昭和初期に建築された鴨川沿いの大型料理旅館の建物のなかでも屈指のものである。鉄骨トラスを使用した木造3階建の形式や大規模な大広間など見所も多く、高く評価される。 ホームページリンク: 鶴清のホームページはこちら(外部リンク) |
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