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拾雲居(しゅううんきょ)[Shuunkyo]

所在地
 右京区
 
選定番号
 第12−022号
  


推薦理由(抜粋)
 大正初期に素封家・佐々部茂左衛門の別荘として造営された。茅葺きの主屋は、栂尾山中の農家を移築したもので、小倉山を借景として建つ。離れは広間と小間を備えた茶室で、南庭から嵐山を一望できる。



認定番号
 第258号

認定理由
 拾雲居は落柿舎に近い嵯峨野の地に建つ茅葺の民家建築である。昭和6年(1931)刊行の『京郊民家譜』には同建物が掲載されており、名古屋の素封家・佐々部茂左衛門が、栂尾の農家を移築して別宅としたものと解説されている。旧土地台帳からは明治45年(1912)に佐々部が土地を入手していることが確認される。また、松坂屋伊藤家の15代・次郎左衛門祐民の年譜に大正6年(1917年)に「京都嵯峨聲々軒落成」とあり、佐々部が伊藤家の親族と伝わることから同建物とする見解もある。現時点では、大正期に佐々部が古民家を移築したものとしておきたい。昭和31年(1956)、中京区の御池通で酒問屋を営んでいた嶋臺の当主・山田長左衛門が同建物を購入し、拾雲居と名付けた。嶋臺の主要部分が取り壊される予定であったため、茶室やクド(カマド)部分を拾雲居に移築することになった。
 主屋は、梁間4間、桁行4間半の入母屋造、茅葺の建物で、北側面には大正期の移築時のものと考えられる水周り部分が増築されている。また、西側に廊下を延ばし、昭和31年に移築された茶室棟が接続し、二畳台目と三畳半の二つの茶室を備える。主屋東側面の北寄りに妻入り形式に入口と玄関土間を設け、食い違いに4室を配する。嶋臺から移築したクドを配した玄関土間を上がると、8畳大の畳敷き室の中央に囲炉裏が設けられている。その奥にはナンドに当たる室があり、入口に帳台構えが見られる。天井の大引きや根太の経年変化や帳台構えの形式からは近世の早い時期に遡る遺構であることが推測され、大正期には既に古民家であったことが首肯される。南側には2室が配される。主屋の南側には嵐山を臨む広々とした庭が配されている。現在は失われているが、この庭の西寄り部分に蓮池がつくられていた。敷地の南東隅には、6畳和室、二畳台目の茶室からなる離れも残されている。
 拾雲居は、大正期に素封家が江戸時代の民家を移築して別邸としたもので、近代の富裕層による田舎家趣味を伝える建物として重要である。戦後も京都の富裕層によって維持された歴史も興味深い。



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