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| 所在地 右京区 |
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| 選定番号 第12−001号 |
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| 推薦理由(抜粋) 仁和寺近くにある邸宅。昭和初期に建てられた主屋や、円窓のあるお茶室「衣翠庵」、離れ「不狐庵」があり、広大な庭園は、四季折々にその表情を変えている。 認定番号
第262号 認定理由 仁和寺境内の西側に所在し、敷地北側は江戸時代に仁和寺の「御室八十八か所霊場」の遊歩道に接している。御室八十八か所は、江戸時代に仁和寺の裏山に四国の八十八か所を模して造られた巡礼路である。京福電鉄嵐山線が大正15年(1926)に開通し、郊外への開発が及んだ地域である。西陣で絹糸の問屋業を営んでいた辻澤廣太郎氏が、静養を兼ねて昭和16年(1941)に同地を購入したという。 敷地南側に表門を構え、西寄りに主屋と茶室、東寄りに離れが建つ。主屋の北側には主庭をつくる。瓢箪型の池を配して小さな中島をつくり石橋を架ける回遊式の庭園である。この池は昭和4年(1929)の地図には既に記されている。斜面となる北側面の中ほどに末廣大明神と呼ばれる不動明王を刻した石碑が祀られ、昭和8年(1933)の銘が残る。戦後に位置を移動しているが、池と同様に購入以前からのものと考えられる。その東寄りには石造の室が残る。池の周囲に園路が設けられ、燈籠や石塔が配置される。モミジやコナラなどの高木の植栽を背景として、池の周囲をめぐる庭となっている。 主屋は、桟瓦葺、2階建で、御幣から昭和17年(1942)に上棟したことが分かる。当初は平屋建であったが、昭和43年(1968)に2階を増築している。東側面はむしこ窓をつくる外観。南側面に玄関を設け、東西に中廊下を延ばす。主庭に面する廊下北側に座敷と次の間、水まわり、南側に仏間や家族の居室を配する。庭との関係を重視した変則的な中廊下型平面である。廊下の東端に、主屋と同時期に建てられた別棟の茶室「衣翆庵」を接続する。4畳半の小間で主屋側に水屋をつくり茶道口を開き、南面に躙り口、に貴人口を設ける。床柱には節のある磨き丸太を用いる。離れ「不弧庵」は昭和38年頃の建築で、主庭、南側庭に面する南北両側に縁廊下を配する。鏡板の舟底天井など、戦後の良質な数寄屋の意匠が残る。 辻澤家は、林を背景とした広い庭園を中心として、庭との関係を配慮 した主屋、茶室、離れをつくる。仁和寺周辺の歴史的風致にも溶け込ん だ、西陣の旦那衆による別荘的な性格をもつ邸宅として重要である。 ホームページリンク: 辻澤家(風の和音)のホームページはこちら(外部リンク) |
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