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| 所在地 山科区 |
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| 選定番号 第7−017号 |
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| 推薦理由(抜粋) 春秋山荘は、近江商人・下郷伝平が大正期に築いた別邸に遡る。現在残る建物は、明治3年(1870)に滋賀県の旧木之本町に建てられた茅葺民家で、昭和54年(1979)に大野木家によって現在地に移築された。土間境に大黒柱を建てずに大きな板間をもうける余呉型民家の特徴をよく示す。 認定番号
第254号 認定理由 春秋山荘は、山科の安朱山町、毘沙門堂の奥に所在する。同地は近江 商人出身の実業家・下郷伝平が大正期に別邸を築いた場所である。滋賀県長浜の米穀商に生まれた2代目・伝平は製紙や製糸業を営み、金融、保険業にも進出し京都でも活躍した財界人である。大正9年頃に敷地を購入し、植治に作庭を依頼したとされる。大正11年(1922)には京都市上京区に所在した幕末の志士・藤井右門の邸宅建物を移築している。 平安期には安祥寺の上寺への参道に面している。寛文6年(1666)には毘沙門堂門跡が現在地に移転した。明治23年(1890)に完成した琵琶湖疏水により同地域は舟運の便に利するようになり、明治45年(1912年)には京津電気鉄道(現京阪電鉄大津線)が開通する。同地域は別荘を築くのに適した地となり、下郷伝平もこの地を選んだものと考えられる。下郷により春秋山荘と名付けられた。 戦後、下郷の別荘はその手を離れ、大野木家の所有となった。その際下郷による建物は既に失われており、昭和54年(1979)、新たな所有者により滋賀県木之本町(現長浜市)から茅葺民家が移築された。同建物は春秋山荘の名称を受け継ぎ、別荘等として使用されることになった。これが現在の春秋山荘である。 建物は、寄棟造の茅葺民家で、明治3年(1870)の建築と伝わっている。滋賀県の湖北地方に分布する余呉型民家に分類される形式を有する。元は妻入であったとされるが、移築後、平入形式に改修されたという。土間境に大きな板間があり、その上手の表側に座敷、裏側にナンドが配されている。土間境に柱を立てず、余呉型民家の特徴が見られる。その後蕎麦店として活用された際に土間の下手側に増築がなされている。現在は、幼稚園の施設として活用されている。 大正期に実業家・下郷伝平の別荘が営まれた地を継承して、戦後、滋賀県より移築した明治期の民家建築が現存する。長い歴史の重層性を伝えながら、別荘地とされた地域の歴史を想起させる建物として重要である。 | |
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